ミステリー

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まずは私の自己紹介をしよう

私はジークフロイド・フォン・クリストフ樣のお屋敷を取り仕切る執事のクロイツェルと言う。

私はこの界隈、特にフィネガンズ地区において、私の職務能力は広く知れ渡っている。
正確無比、忠実な僕。それが私のこれまでの職務に対しての称号であり人物としての評判である。

新しくここに屋敷を構えたもの、あるいはお屋敷に入る若い使用人。
いずれも何かの教示を求めて、まずは私に会いに来ることになる。
私はそんな人々の要望に答える形で、この地区のしきたり、それから社交術を伝える役割も担っている。
そして、彼らに左の胸ポケットに入っている曽祖父から伝わる懐中時計の歩みとぴたりと合わさる、流れるような私の仕事ぶりを見せてやっているのだ。
以後、お見知り置きをお願いしたい。

そんな私が、今苦境にたたされている。
とんがり帽子をかぶった複数の警官風情の男達が私に尋問をしようと敷地の庭を歩いてきているのだが、
私の彼らに対する返答次第では、そんな名誉も全て消えうせようとしているのだ。
あなたのお知恵を拝借したい。いや私が犯人というわけではないのだ。安心してくれたまえ。

いきさつはこうだ。

その日、私は旦那樣にデズモント伯爵に手紙を届けるように言付かっていた。
特に大事な手紙だから用心するように、私が直々に指名されていたのだ。
いつもなら注意深い私も年末に控える舞踏会の準備でかかりっきりになっていたから、注意が散漫だった事は認めざるを得ない。
私は、手紙を渡された時に既に罠におちいっていると気付くべきだったのだ、

なぜなら手紙は直接デズモンド樣に渡されたわけでなく、長年共に働いていた使用人のエルマーから渡されたのだ。
思うにエルマーの人の良さは私同様、よくこの界隈では知られているから、疑うことなく見知らぬ人物から手紙をもらい私に渡したのだろう。
私も彼をとても好人物と思っていた。皆もそうだ。でも残念ながらエルマーはとにかく忘れっぽい性格をしている。
確認を怠った私の落ち度だ。

それから、海に近いデズモンド伯爵の大きな屋敷に私は着いた、すぐに中央の大部屋で座って待つように指示を受けた。
私は大窓から空と海がよく見得る部屋だった。この部屋一番と思われるソファに腰掛け、私は坂をのぼりきって息が上がっていたから、そこで一息着いていた。
屋敷内では既に何人かお目通りを希望して、通路で待たされている人々もいたが、私は優先して中に通された。
私がいかにこの地区で特別扱いされているかこれでおわかりいただけるものと思う。

その部屋は赤と緑で整えられた調度品が美しい部屋だった。惜しむらくはシャンデリアのつららの構成とカーペットのダイヤを
かたどった文様が不調和をおこしている事が不満であっただけだ。私であればシャンデリアをもっとバナナの房のような形をした
女性のなめらかな優美さを印象づける美しさを持ったものと交換するだろう。そしてカーペットとの対比を演出するのだが。
まぁ、でもそれは今度この屋敷の執事に伝えてもよいだろう。
そんな事を考えながら、私は待った。
そうなのだ、実はこの部屋に通されてから、かれこれ1時間は経過していたのだ。

私はいつも時間単位、いや、分刻みで仕事をこなしている。
だからこのように1時間もただ待つだけという状態に置かれたことがほとんどない。
別に言い訳をしているのではなく、事実としてこれは是非知っておいてもらいたいのだ。
昼の日中に日の当たるソファに腰かけ、ただ漠然と部屋の中や、窓の外の青い空をと海へと繋がる景色を眺めている、
そんな環境はここ数年なかったのだ。

だから私がうっかりうたた寝をしてしまったとしても、それはある意味仕方がないと言えなくもない。

私の目を覚ましたのは、そんなうたた寝を始めてから、30分もした頃だと思う。
私のいる部屋からデズモンド伯爵の部屋へと続く扉が開いて、勢い良く女中が数人部屋に入ってきたのだ。
目覚めた私が、パニックに陥った彼女らに話を聞くと、うたた寝をしている間にデズモンド伯爵が刺殺されたらしいのだ。
本来であれば生来もっている冷静沈着さを発揮して、その場を取り繕うのが私だ。
しかし、私も起きたばかりで状況を把握できず、慌てて警官を呼ぶしかなかった。
冷静に考えれば、恐ろしい事に犯人は私の目の前を通り過ぎているはずなのだ。
なぜなら、私のいたあの部屋を通らないと屋敷の外には出られないからだ。

私がのほほんとソファに寝ているのを見て、犯人は驚いたに違いない。
犯人は間違いなく入念に私を使っての犯罪のトリックを完成させていたはずなのだ。
証拠は今も手元にあるこの手紙だ。なにしろ言付かったこの手紙は完全に白紙なのだ。
私はデズモンド伯爵の屋敷にあの時間にいるように仕組まれていたのだ。

そして、私が寝てしまっているために完全にそのトリックが無用になった犯人を想像してくれたまえ、
機転が利く犯人は、あらたなアイデアを思いつき悠々と私の前を通り過ぎ、屋敷の外に逃げおおせたに違いない。
犯人は大胆かつ巧妙な手口を使う男である。

さっきも言ったが私はこの界隈では正確無比な男、忠実な僕として知れわたっている。
まさかこの私が「うたた寝」をするとは誰も夢にも思うまい。

警官は私に「誰かみかけませんでしたか?」と聞いてくるだろう。
私にもプライドがある。大事な手紙を抱えたまま寝ていたとはとても言えない。先祖に申し訳が立たない。
私の地位があやうくなる。

この地区に私の発言に異を唱える人などいるはずもない。
その瞬間、犯人にとって私はこの事件の重要なトリックのピースをしめることになるのだ。
私は密室殺人における内側からの閉じられたドアとしての役割を持つことになる。
私は密室殺人のトリックとして利用されたのだ。

犯人は私が、確信を持って「この部屋で誰も見ていない事」を告げてくれるものと期待しているだろう。
もし言わなければ最終的には私が犯人にされてしまうかも知れない。

恥を忍んで私は本当のことを言うべきだろうか。
懸命なるあなたに、よきアドバイスをご教授いただきたい。

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