老い

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サイドからセンタリングが上がって、マークを外した彼はフリーでゴール前に飛び込んだ。
足を伸ばしたその足先のわずか少し先ををサッカーボールがすんでのところで通り過ぎる。
完全に1点取れると確信して足を伸ばした彼は、試合後それを自分の限界だと感じた。真夏の19歳の7月のことだ。
その日以降、彼はここから自分の人生は老いていくのだと感じた。もちろん彼はまだ19歳で体も心も成長期にある。
日増しに体はたくましくなり、顔つきは大人びて輪郭のくっきりとしたハンサムを言っていい顔付きになりつつある。
でも、彼の足はサッカーボールに届かなかった。

彼の時間感覚は驚くほど正確だった。同じ条件であのボールに届くためにあと3年は練習しないと無理だろう。
そして今から毎日練習して3年たったある日、ボールに追いつくための努力量がこなされ、正確に全く同じ条件でセンタリングが来たとしても
どうやってもボールに追いつけない事を知った。それはその後の年齢による体力の減退を考慮した結果だった。

老いて行く事は何も怖くないと彼は思っていた、
うまく老いていくには、不可能な事をどうやって受け入れて行くかにつきた。
可能性にかけない保守的な男だったわけではない。
ただ彼は老いについての対処方を本質的に理解していた若者だっただけだ。

その彼も仕事に付き、やがて結婚を考える年齢にさしかかった。
彼の時間感覚はまたしても正確に働いた。
特定のつきあっている恋人はいなかったから、彼はお見合いをすることになった。
結婚相談所に登録し、親戚に良い人はいないか聞いてまわった。

5名ほど候補が現れた、彼は収入もそれなりにあり、
彼の判断は特殊なものだった。彼は女性の骨格を見ていた。
老いが彼のテーマだった。どれほど美しい女性であろうと、彼はその女性の老婆の姿を思い描いた。
そして、自分の好みを度外視したまま、美しく年をとるであろう女性と結婚した。
彼はバカではなかったから、女性には本当の理由は明かさなかった。

結婚生活は幸せなものだった。彼は3人の子供に恵まれた。
男・男・女の3人はすくすくと育ち、いくつか問題をおこしながら、3人とも家を出て行っていた。
残された夫婦の2人とも十分に年を重ねていた。60歳を超えようとしていた。

61歳の時、彼は生れて初めて重い病気にかかった。かいがいしく面倒を見る妻を残して、
余命半年と宣告された。彼はまだ死にたくなかった。それでも彼の時間感覚は正確に残りの時間を捕らえていた。
それでも彼は抵抗することにした。病院をうつり、権威のある医者に執刀を依頼した。効き目があるとされる新しい医療方法を試した。
その全ての試みが無駄に終わり、病床で死を待つのみだった。

朦朧とする頭にあの時のサッカボールが飛んできた。彼は再びフリーでゴール前に飛び込んだ。
そして足を懸命に伸ばした。ボールは再び足の先を通りすぎていく。
しかし、もう一人側に走り込んでいる人がいた。ボールはその走り込む足先にぴたっとトラップされ、
うまく彼の前に転がった。左足でふんばり右足で振り抜いた。ボールは一直線にゴール飛んで行き、ネットに深々と突き刺さった。
ゴールした喜びを分かち合おうとして走り込んでいたその人物を見ようとした。
逆光でうまく見えなかったが、それは自分が良く知っている人のように思えた。

息を整えて、彼はその人の正面に立った。
その人は両手を広げて、彼を出迎えた。チームメイトとして、自らの子として。

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