工事現場

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駅から南へ15分程歩き、街一番の商店街を抜けて、そこから交差点を渡って3件目の大通りに面した場所に、ぽっかりとその工事現場はあった。
突然現れるその巨大な工事現場は、何年もの間工事中であり続けた。その前の通るたびにここに何が立つのか誰もがいぶかしがった。
それは、いつ終わるとも分からないまさに工事中の工事現場だ。

我々のバンドメンバーは月明かりの中、その工事現場の前にそれぞれの自転車を止める。
ワイバーンカルテット&シラブスと名付けたヴォーカル+ギター・ベース・ドラム・キーボードの4人の自称スーパロックバンドだ。
その我々は今から工事現場に侵入する。
我々のサウンドにはヴァンへイレン並のドリルサウンドがどうしても必要なのだ。

「ドリルは」とギターは言う「ロックであるからして本物でなければならない」
「そして本物のドリルは」とギターはさらに言う「労働者が使っているものでなくてはならない」

黒と黄色のこの世界と工事現場の境界線にある鉄の冷たい柵を我々は楽々と飛び越える。
工事現場の異空間に入り込み、つかのま我々は目的を見失う。
ドラムは巨大なブルドーザーに接近し、操縦席に体を押し込む。
ヴォーカルは勢いを止めず助走をつけ、どんな晴れた日にも残り続ける巨大な窪みの水たまりを飛び越える。
突如として、着想の浮かんだギターは譜面を探して、ハミングしながら一人鞄の中ををまさぐりだす。
ベースは山と積まれたがれきの上に立ち、月のスネアを相手に8ビートを刻みだす。
しかし、どんな時でも冷静なキーボードが、プレハブの中から黒い変速ギア付きのドリルを見つけ出す。
彼のおかげで我々のミッションは成功する。

ギターがドリルの先端にギターがアロンアルファでピックをセットする。
そしてゆっくりとドリルのトリガーを絞る。
ウィーン、ウィーンとドリルが回転し、ピックにつけた我々のバンドのオリジナルロゴが見えなくなるほど、ピックが高速で回転する。
我々の目がキラキラと輝く、期待に満ちて足を踏みならす。
ギターはそのドリルを、左手をCのコードで固定させたお気に入りの黒のフェンダーギターに近づける。
ドリルが激しく弦にふれる、火花が飛びちりアンプからギュオーンと甲高い音が響く。我々は興奮のあまり悲鳴をあげそうになる。
しかし次の瞬間、ガリンとギターのピックが木っ端みじんに破損してばらばらに飛び散る。
弦も3番目と4番目の2本引きちぎれ、フェンダーのボディにドリルの傷跡がつく。
負傷し手から血が滴となって流しているギターは、甲子園でめった打ちにあったピッチャーのごとくフェンダーを手にしたまま我々に背中を向けて動かない。
手に傷を受けるというギタリストとしての致命傷になりかねない有り様を見て、我々は意気消沈する。
かけるべき言葉を探して我々の思いは部屋のあちこちに舞う。
それからギターがゆっくりと振り返り我々を悪魔的に見る。

「血染めのギターなら」ギターは言う「それはとてつもなくロックだ」

意気消沈していた我々にパッと南国のブーゲンビリアのような花が咲く。
「そういえば工事現場のとなりは病院だ」とヴォーカルが言う
ベースが隣の部屋からあの地区の地図を取りだし赤く大きな丸を工事現場の横につける。
ドラムが1975年のリバプールライブのビデオを取りだし音量を上げる。

キーボードがその切れ長の指で日程調整を始める。
ギターが残った4弦で血まみれの速弾きを繰り出す。
我々のサウンドが再びエネルギーを取り戻し、ヴォーカルが軽やかに咆哮を上げる。

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