立ち往生

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街の中心のある横断歩道で大きな事故が起こり、駅へと向かうバスが渋滞で立ち往生する。

いつもなら自転車に乗って駅へ行くのだが、朝、雨が降っていたからバスに今日は乗っていたのだ。

諦め気味の運転手が申し訳なさそうに車内アナウンスを行う。
いつもなら到着まで30分とかからないこの路線もかれこれ1時間は経過している。
そうこうしているうちに、雲の切れ目から日差しが差し込み、高らかに雨が完全に上がったことを告げる。

これなら自転車にすればよかったと僕は座席に沈み込んで考える。
でも、仕方ないなと思い直す。どんな時でも有意義に過ごさないとと考えノートを取りだすことにする。バスは立ち往生しているが、人生は動いたままなのだ。

車内には、僕の他に4人の乗客がいる。

僕の席の前に座っている、膝元にノートPCをおいているビジネスマンらしき男は携帯でしきりに指示を出している。
やがて、どこからともなくホワイトボードを取り出し、力の篭ったプレゼンテーションを同じく立ち往生している車に対して窓越しに開始する。
車にのったクライアントが深くうなずくのが僕の所からも見える。助手らしき人がしきりにメモを取っている。

隣に座っている男は、いつの間にかぴったりとした白の体操選手のユニフォームに着替えている。
それから、バスの通路の両側の吊り輪をつかみ。くるっと一回転し、それから空中で停止する。
腕に超人的な筋肉が盛り上がっている。そして回転数をどんどん増やして行く。大技の大車輪を決め着地する。
着地するときにバスが僅かに動き、左足が僅かにずれる。しかし彼の笑顔が崩れることはない。

僕の左斜め前の男は思い詰めた顔で、ドライバーを取り出し「次止まります」のボタンを強引に外している。
そのボタンから、ボルトのナットをさらに外し、用意していた紙に書いたサイズと照合する。
それからプロポーズの言葉を何度も何度も練習する。そして自分の指にナットをはめてみる。

後ろの男は突如窓を開け、バスの外へよじ登りバスの洗車を開始する。
バスの外側が泡だらけとなり、俺の窓を洗うな!とビジネスマンがしきりに文句をつける。

運転手は、運転席でもう一度やり直したいと、別居中の妻に心のこもった手紙を書いている。

僕はそんな彼らの動きをノートにつぶさに書きつける。
5人分の動きを同時に記入しているからノートはたちまち消費される。
仕方なく、運転手から見えないような角度でバスの壁にも書き始める。

やがて、渋滞が緩和されようやくバスはようやく次の停留所に到着する。
バスが到着するのを待っている人の姿が見える。

到着するやいなや、乗り込んできた併走していたクライアントは乗降口でビジネスマンとがっちりとした握手をする。
体操選手はバス停にずらりと並べられた点数を見て満足そうに、声援に答える。
バスの横には美しい女性が立ち、窓にうつる男をうっとりと見つめている。
バスから手が伸びて、その指先にあるナットを受け取り、自分の指にはめる。
僕は一連の光景を確認し、満足して「幸せにくらしましたとさ」と壁に書く。
しかし、その後に立っていた泡まみれの男が僕をにらみつけ、バスの車内を猛烈に洗車し僕の書いたものを消し始める。

運転席では、黄色のハンカチを持った妻が乗り込み運転手につきっきりで発車の合図を待っている。

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