オウエンのために祈りを ジョン・アーヴィング

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初めてこの本を見つけたのは震災の起こる前のとある神戸の古本屋だった。よれよれでちょっと茶色に変色していたけれど、たったの300円だった。アーヴィングの本が大好きだったから、まだ翻訳されていないこの本を読めることが嬉しくて小躍りした。皆読んでいないのに、もう読む事ができるのだという特権のような嬉しさがあったのだ。英語を勉強して良かったと心から思った数少ない嬉しい瞬間だった。

でも読み始めてからすぐに、この小説はちょっと英語を勉強したぐらいでは全然、歯が立たない事が分かってきた。教会とベトナム戦争の話がかなり多く出てくる(というか主題です)ので、英語というよりもベトナム戦争とキリスト教について知らなければ、全く読み込む事ができない代物だった。それでも根性で100ページほど読み進み、オウエン達が学校の進学について悩み、ベトナム 戦争について含蓄のあるコメントをしてきた付近までいってついに挫折した。

 

それから随分たって、日本で一気にジョン・アーヴィングの4作品の翻訳本が出版されることになった。その第1段がこの本だったわけだけれど、どういうわけかその時僕は、全く興味を示さなかった。自分でも何でだったのかよく判らないが、そんなにたくさん読んでいる訳ではないのにアーヴィングに飽きたと思っていたのだ。いったい何を考えていたのか恥ずかしい限りである。結局、最近になるまで手に取ってみる事がなかったのである。

でも負け惜しみを言うと、今思えば、あの時、神戸で見つけた時や翻訳された時に、読めなくてよかったのだ。きっと最後まで読み通したとしても、読み終えた後に味わった今のこの感動のいったい何%を味わえたことだろうか。あの時以来の、僕の持っている知識が読書の理解に大いに助けになった。キリスト教についてもベトナム戦争についても、 それから小説の技術についての知識も、あの時知識では比べ物にならない程増えている。それらを考慮してこの小説が本当に良く出来ている事が、心の、いや腹の底から理解できる。最近どこかで村上春樹氏が総合小説を書きたいんだというのを読んだけれど、たぶんこのオウエンのために祈りをも彼らの世代の総合小説の一つではないかと僕は思う。そういう意味ではこの小説はティム・オブライエンのニュークリア・エイジに近いものがある。

オウエンのために祈りを〈下〉

ジョン・アーヴィングは面白いし(長いけど)けちのつけようのない見事な小説を書いているが、今までどことなく親しみが持てなかった。読んでいる間、その本を書いた小説家に横にいてもらえるような感覚を覚える小説が好みだから、キャラクターに感情移入しなければ楽しめない客観的な感じのするアーヴィングの本にどうしても親しみが持てなかった。でも、この「オウエンのために祈りを」はようやくアーヴィング の肉声を側で聞く事が出来たような気がする。順番なんて意味ないけれど一番を上げるなら、名作「ガープの世界」も素晴らしかったが僕は間違いなくこっちの方を強く推す。読んだ後オウエン・ミーニーが本当に存在しているようで、本当にこの本の世界から去りがたい気分になった。

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