建てる

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以前、軒先にケーブルテレビ用の補強ポールを建てる仕事をしていた人に会った。
彼の名前は内藤さんといって、個人宅にケーブルテレビを導入する際に、有線で電柱からケーブルを直接引いてくる仕事だ。
仕事の内容はケーブルが電柱から直接引けない場合に、迂回用、あるいは補強用のポールを建てて、それにケーブルをはわせて無事に室内まで誘導していくことにあった。
まぁほとんどがやっつけ仕事なんですけどね。と内藤さんは言った。

その内藤さんと会ったのはある結婚式の2次会だった。
僕がその2次会に出席したのは、結婚する新婦と友人関係があるからだったけど、縁が出来たのは本当に最近で、会場で知っているのは新婦だけでその他の人は誰一人知らないという状態だった。
新郎新婦はもちろん忙しいので、退屈になり途中で挨拶だけをして帰ろうかなと思える程暇を持て余していた。だから、席のすみっこでちびちびと飲み放題のビールを飲んでいるだけだった。

彼もどうやらそんな感じだった。僕と同じように新婦の知りあいとの事だったけど、
知り合ったのが昔すぎて僕と同じように会場に誰も知りあいがいないみたいだった。
そういうわけで、必然的にその会の間、ずっと席で話をするようになったわけだ。

いくつか時事の話をして、それから内藤さんの仕事の話になった。
僕はケーブルテレビどころかテレビ自体ほとんど見ないんだけれど、高い所で仕事するのってどんな気分なんだろうかと思って興味を持った。
僕は子供の頃、高所恐怖症のくせにロープを使って建物から建物まで素早く渡るレスキュー隊に憧れていたから、
高い所をひょいひょいと移動していくような仕事に今さらながら興味を持ったわけだ。
もしかして、一日のほとんどを、人と違う高さで生活しているのだから、人とは違った特別な視点を持っていたり、啓示でも受けるのではないかと思っても見たのだ。

特に啓示なんかありませんよ。ただの仕事ですからね。と内藤さんは言った。高さも中途半端だし、まぁ建てて、登って設置しての繰り返しです。
ただ、夜によく夢を見ました。やっぱり落ちる夢とか、飛んで行きそうな夢ですね。どちらかというと飛んで行く方が多かったかな。
夢の中でふわふわと体が浮かんでいきそうな気持ちになるんです。電信柱に手に握っているジャッキでなんとか引っかけて飛んで行かないようにしている。
そんな夢です。ええと、木なんかにひっかかった風船みたいな感じですね。わりと気持ちはいいんですよ。
でも、仕事をしている時にふっと、本当に浮かべるんじゃないかと思って危なくなる時もありますけど。とビールを飲みながら彼は笑って言った。

僕も一緒になって笑って、キュウリをハムで巻いたサラダを口にした。例によってあんまりおいしくない。
あぁ、でも一度だけ忘れられないことがありましたよ。と内藤さんはビールを自分でグラスに入れながら続けて言った。

1年ぐらい前ですけど、その日の割当の家に行ってみると、日本家屋だったかな、老夫婦が住んでいた家を担当しました。
そうそう家は木造で、松の木が植えてあって、年期がはいっていて、結構大きくてきれいな日本家屋です。
その家は電柱からだと木が当たるから回り込む必要があって、塀づたいにケーブルを移動させていたんですが、
その作業をしている間、ずっと縁側でその老夫婦が私が仕事をしているのを黙って見学しているんです。
座ってお茶でも飲んでくれていたらいいんですけど、夫妻で立ったままずっと見ているんです。
私けっこう緊張するたちなので、あまり見られるのには慣れていないんです。
だから、とにかく何度か失敗して、いつもより時間がかかってしまったのをよく覚えています。

その日は、帰ってうまく寝つけなくてベッドの上でごろごろしてました。
手際がわるかったので反省していたというのもありますが、
電気を消して横になっていると、思い出したんですね。老夫婦の瞳を。特におばあちゃんの方です。
その瞳は本当に純粋な感じだったんです。瞳だけ年をとっていないような、牧場の体験乗馬で見たサラブレッドの目みたいに、
見ているようでみていないような。そんな感じです。見られているという感覚が抜けなくてその日は電気をつけて寝ることにしました。

それから数日過ぎてどうしても気になってたので、その家にテレビの確認に同行する事にしてみたんです。
ケーブルテレビの設置自体は別会社なので、行く必要はないんですが、忘れ物をしてしまったからとか言ってお願いしてみました。
到着してみると、その家でちょうどその老夫婦の女性のお葬式が行なわれていたんです。
いや、幽霊をみたわけではないんですよ、亡くなったのはその同行した日の前日だったんですから。
なんかちょっと信じられなくて、だって元気そうに見えてましたから。

それからですね、ポールに上れなくなったのは。
昇る度に誰かの瞳が気になるんです。買い物中の奥さんや小学生が横を通って、私を見上げる度にね。
だから今はちょっと事務関係にまわしてもらっています。まさか仕事中に目隠しするわけにも行きませんしね。

そこで僕はようやく内藤さんが、一度も僕に目線をしっかり合わせていない事に気付いた。
見ていないわけではないけど、出来るだけ1ヶ所にとどめないようにしている様子が分かったのだ。

僕が何か言いかけようとした時、内藤さんが僕の方を見た。それからすぐに目をそらした。
そして、ああ、ビンゴゲーム始まりますねと内藤さんは新郎新婦のさらに遠くの方を見て言った。

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